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AICPLUS誕生秘話
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アガリクス茸(アガリスク茸)の菌糸体のパイオニア誕生秘話
〜「AICPLUS」その誕生までの真実の物語〜

 お客様から、当社がなぜアガリクスを始めたのか、「アガリクスの菌糸体のパイオニア」を標榜しているがその根拠は何なのか、「研究バカ」と言っているがそれはどういうことなのか、そして途中でどんな苦労があったのか、などについてお問い合わせを頂くことがあります。もっと当社のこと、そして皆様にお飲みいただいているAICPLUSの生まれ育ちをより知って頂いて、理解を深めて頂けたらという想いで、開発者に取材しました。

  AICPLUS 誕生までの軌跡

アガリクスとの出遭い  〜悲しみを乗り越えて〜

今から十数年前に、 AICPLUSの開発者である海印寺玄洲の次兄嫁が肝硬変と肝癌を併発し、最期の涙までも真黄色になって、 42歳であっという間に(入院1ヵ月余りで)亡くなったそうです。その時開発者は入院先の神奈川県の公立病院で、近代医学と医薬品の無力さを慨嘆しました。ならば、「副作用もなく薬よりも良い健康食品を創れないものか、否、創りたい」と密かに発願しました。その数年後 1992年初め、開発者は折りよくそのころ我が国で人工栽培の研究が進んでいたアガリクスと出遭い、 「これだ。アガリクスだ!」 というインスピレーションを得て、この世界に没入することになりました。
2004年5月下旬、アガリクスの原生地で当社研究所スタッフが撮った夫婦?のアガリクス
2004年5月下旬、アガリクスの原生地で当社研究所スタッフが撮った夫婦?のアガリクス

1995年 アガリクスのさきがけ
1995年初め当社の前身の海印寺を始めとする開発者達はアガリクスの子実体を早くも人工栽培・大量栽培に成功しました。乾燥物を初め、その破砕加工物(錠剤・顆粒)を、我が国で先駆けて販売を開始しました(1995年)。その頃我が国には、アガリクスの姿物(乾燥物)を見たり食したりした人はほとんどなく、商談先の三菱商事及びそのグループ会社(アニューグループ社)などでは大変珍重されました。

開発者たちが発売開始後、三菱商事と国内総販売代理権などの商談を進行させていたところ、ほぼ半年ほど遅 れて、「仙生露さん」が市場に出現、テストマーケティングのあと膨大なマーケティング費用を数年間に わたって投下されて、一気に「アガリクス」の市場を創ってしまわれました。

その頃のアガリクスは、なにせ大変高価なものだったそうです。確かに病者に良いのですが、煎じて飲む と人によりその程度に相当バラツキがあることが新たな課題として浮かび上がったそうです。


1996年秋 世界で初!菌糸体のタンク培養成功
市場が拡大するなかで、開発者たちのグループ会社は、アガリクスの子実体(乾燥物)を生産し販売していましたが、せいぜい子実体(原型・姿物)が年に2.5回ほどしか生産できない非効率性と、飲用者による有用性のバラツキを少なくするため、「アガリクスの菌糸体(キノコの根っこの部分)づくり」に軸足を移して行ったのです。

初めは手探り状態でした。折悪しく台風のフェーン現象でタンクに雑菌が入ってしまって全滅するなど、泣きたくなることもありました。しかし遂に、1996年秋、菌糸体のタンク培養に成功したのです。それはコゲ茶色の何とも説明し難い粉末でした(今では「社宝」として大事に保管してあります)。β-グルカンや栄養活性成分を濃縮して増やし酵素処理をして腸管からの反応をよくしたものでした。

今もご指導を頂いている、栽培・培養の専門家のY農学博士・H理学博士や、基礎研究専門のK医学博士・H医学博士、その他薬理学の大学の専門家などのご指導の下、手探り状態で、試行錯誤を繰り返して、ついに1996年10月、我が国はもちろん世界でも初めて、アガリクスの菌糸体の試作品づくりに成功したのです。しかもこの後、2年有余ほどは菌糸体の類似品は全く市場に現われなかったそうです。


1996年冬 ゴーナム博士と運命的な出会い
幸運にも一本の電話でNK(ナチュラルキラー)細胞の研究家として世界的に高名な米国U.C.L.A大学のM.ゴーナム博士と会うことができ、直ちに「パイロット・スタ ディ」の申し入れを快諾して頂きました。その当時M.ゴーナム博士は、日本のAHCCの研究が終了し、同 じくアラビノキシランの第一段階の研究の終盤を迎えておられました。そこへ開発者たちから乾燥姿物・酵素処理菌糸体品・原液という三つのアガリクスが 持込まれたものですから、研究者冥利であるとして、大歓迎されました。

と言うのは、実はM.ゴーナム博士はアラビノキシランの研究に先立ってブラジル某社からアガリクス乾 燥物の研究を持込まれていたのですが、そのブラジル会社の事情でアガリクスの研究が頓挫してしまっ ていたのです。ラッキーなことに、その時点でM.ゴーナム博士はアガリクスの有用性の凄さを既 に確認済みだったことです。そこへ今度は日本で生産されたアガリクス茸や世界初の菌糸体品、そして原液までもが持込まれたので、M.ゴーナム博士は大変喜んでいただいた訳です。

M.ゴーナム博士へ、1.試作したばかりの菌糸体品 2.菌糸体品を抽出した後の液体(私たちは当時「廃液」と呼んでいました)そして3.乾燥アガリクスを持込んで、この3つについてそれぞれin vitro(試験管試験)とヒト臨床試験をやって頂きました。


1997年春 パイロットスタディ、そして販売活動開始
開発者たちはUCLAのドルースクールで1997年3月3月18日、その報告会(いわゆる『ゴーナム博士パイロットスタディ』)を催しま した。開発者たちはその活性力の凄さ(少量で短時間で作用が発現する)に望外の喜びを禁じえませんでした。 レポートにゴーナム博士の年月日入りサインを頂きました。

ゴーナム・レポート

そして当初の期待をはるかに上回る報告書を携えて帰国、後製品化を急ぐ一方、国内で防衛医大や東急病院を初め数十の医療機関で数百名に上るヒト臨床試験を進めながら、販売活動を展開したのです。

「チュワワのパパ」こと俳優の清水章吾さんと対話する「AICPLUS」の開発者 発売を始めて1年近く経ってから開発者の海印寺玄洲は、今は「チュワワのパパ」として有名な清水章吾さん(俳優)の訪問を受け、我が国初のアガリクスの菌糸体の開発の動機やそれがもたらす福音について対談しました(対談日平成10年2月10日)


2004年1月 研究まっしぐら
当社は2004年1月、これまでの R&D室(研究開発室)を改めて製品開発研究所とし、医学博士・薬理専門家を所長に迎えて、さらに研究体制を強化しました。他の研究員は社員を兼ねながら目下大学院博士課程に派遣中です。最近とみに「研究バカ」が昴じています。

アガリクス

 ところで「研究バカ」「商売ベタ」とは、商売よりも研究の方に経営資源(ヒトやカネなど)を投下してきたところから言われたようです。今も愛飲下さっている東京都足立区在住の旧いお馴染みの女性のお客様が命名?されました。
≪お宅は「商売ベタ」で見ていられない、本当に「研究バカ」よね≫というようなセリフだったそうです。

■アガリクス業界で、私たちが商品に自負と自信をもっているのは、アガリクスと菌糸体品の歴史を創ってきたからです。正真正銘の草分け、パイオニアなんです。「研究バカ」といわれるほど安全性と品質向上にこだわっています。私たちはこれからも「商売上手」と言われるより「研究バカ」と言われ続ける企業でありたいと思っています。


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アガリクスの菌糸体の
パイオニア(since 1995)
健康科学株式会社

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※正式名称は「アガリクス」です。しかし「アガリスク」と覚えておられる皆様も多数いらっしゃいます。そんな方たちにもぜひこのサイトを御覧いただきたいのです。そのためこのサイトでは両方を並記しております。

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